教育センターについて

谷口 清 (文教大学教授))障害児教育について


1.ボストン東スクールのこと

(第38号)2018年7月1日発行


今から20年前、私は文部省の在外研究員としてボストン近郊にいました。当時、アメリカは世界の障害児教育の先頭を走っていました。留学テーマからは少し外れるのですが、せっかくアメリカにいるので、障害児教育の実情を知らないで帰るのはもったいないと、いくつか障害児学校巡りをしました。ヘレンケラーとサリバン先生がいたパーキンス盲学校をはじめ、新大陸聾教育発祥の地・アメリカ聾学校、学習障害児専門校などです。自閉症専門校は隣のコネチカット州を含め4校訪問しましたが、その中の一つがボストン東スクールでした。緑の芝生の広い校地と茶色の落ち着いた校舎、白いトレーニングウエアで黙々と朝ランニングする生徒たちが印象的でした。


ボストン東スクールはご承知のように武蔵野東学園の系列校で、北原キヨ先生の「生活療法」の目覚ましい効果を、欧米の子どもたちにも及ぼしたいとのアメリカの保護者たちの強い願いのもと設立されました。設立から10年過ぎた頃でしたが、すでにアメリカ社会にしっかり根付いていると感じました。ボストンにいて、「HIGASHI」 という日本語に親近感を感じるだけでなく、日本人スタッフの指導の下、日本の学校システムが高く評価されているのを感じてうれしかったことを覚えています。


根付いていると感じた理由ですが、先ず保護者に支持されていることが明らかだったからです。当時の(今もそうだと思いますが)アメリカの障害児教育では、自治体は子どもの必要に応える個別教育プログラムに予算を付け、どこの学校の個別プログラムを選ぶかについては親にかなりの選択権がありました。すなわち親に選ばれないと運営予算が減る、ということになります。ボストン東には受け入れきれないほどの希望があり、経営的には安定していると聞きました。大西洋をこえたイギリスからの入学者も多く、こちらは高い学費と寮費を私費で払ってボストン東の教育を受けさせている、とのことでした。


もう一つは自閉症専門家の間で注目されていると感じたからです。当時アメリカの自閉症教育は応用行動分析を主とする行動療法が中心で、ショプラーらのTEACCH(構造化)も折衷的とみられていました。訪問した残り3つの自閉症専門校で、それぞれにボストン東のことを訊ねてみたところ、校長や副校長等の管理者がいずれも、よく知っている、最近急に伸びてきた、興味深いアプローチをしている、とこもごもに肯定的に述べてくれました。身びいきですが、日本人として誇りを感じました(自閉症研究者の間でも知っている人は多かったです)。


余談になりますが、アメリカの学校には職員室というものがなく、先生たちの横のつながり、理解の共有がどうしても弱くなるようです。これに対してボストン東では日本の学校同様の職員室があって、現地(アメリカ人)の教職員にもお互いやっていることがよく見えて好評と聞けたのが意外な文化の違いでした。


2.武蔵野東の子たちとの出会い

(第39号)2018年12月1日発行 


先日お誘いをいただき学園祭に出席して小学1年生から6年生の劇を見せていただきました。それぞれの子たちがそれぞれの力で自分の役目を元気に果たしている様子がよくわかりました。併せて観劇されているご家族の皆さんの温かいまなざしの一体感をしっかりと感じることができました。武蔵野東の子どもたちのことはボストンに行く少し前、テレビ放映で初めて目にしたのですが、その番組での子どもたちの日々変わる様子をまざまざと思いだしました。


私は秋田大学への赴任をきっかけとして自閉症を研究テーマとするようになりました。秋田で自閉症の子たちの脳波記録を始めましたが、拘束を嫌う自閉の子たちではなかなかきれいな記録がとりにくく、またいわゆる高機能の子たちと出会うチャンスは限られていました。テレビで話題となっている武蔵野東学園が友人の勤務する国立特殊教育総合研究所(現独立行政法人国立特別支援教育総合研究所)分室と隣接している(現在の北原記念館の位置にありました)ということを知り、先ずはこの子たちの脳波を記録させていただきたいと考えました。秋田から機材を運び記録を始めたところ、私の自閉症イメージは変わってしまいました。


当時は医療現場でも自閉の子の臨床脳波は眠らせて取るというほど困難でしたが、武蔵野東の子たちは目覚めたままでも協力的でした。多くの自閉の子たちが苦手とする集団行動や長時間の拘束を伴う脳波記録に、武蔵野東の子どもたちがなぜ素直になじめるのか、私にとっては不思議でした。しかし、いくつかの可能性も推測されました。その一つは保護者・家族の方々の自閉の子たちへの向き合い方です。記録の合間に行わせていただいた保護者の方からの聞き取りでは、こだわりやコミュニケーションの取りにくさへの困惑は当然のように語られましたが、同時にそれを個性として受け止める、ある種のゆとりも感じられました。そのゆとりの背景に先日の学園祭でのご家族の皆さんの温かなまなざしの一体感と同じものを感じて、「ああ、なるほど」と思いました。


温かなまなざしやゆとりの背景に武蔵野東の混合教育や北原キヨ先生の生活療法があるのは疑いないところですが、一体それがどのように自閉症教育に有効なのか、それは今後に向けても大事な問題です。混合教育は自閉症に限っては世界に先駆けたインクルージョンの営みといえるでしょう。混合教育と生活療法は表裏一体ですが、それはそれぞれの子の自閉性をあるがままに受け止め、それとどう折り合いをつけるかということと理解しています。自閉的行動の特徴をあるがままに受け止めるのは難しく、折り合いをつけるのには格闘が生じますが、武蔵野東の先生たちはその困難に立ち向かい、北原先生の精神と教育方法をしっかり受け継ぎ、守り育てていただいているのだと思います。またそれを信頼し、温かく見守る保護者集団、それを受け止めるコミュニティと文化(インクルージョン)が確かに存在すると感じさせていただいた学園祭の一日でした。


3.自閉と学校教育

(第40号)2019年3月1日発行


 

自閉の子たちの困難はこだわりとコミュニケーションの取りにくさです。私は「適応」というのは周りとの調和と理解していますが、自閉の子たちは周りの流れを読むことが苦手なため、どうしてもその流れから「外れ」てしまいます。そうすると周りは本人を何とか流れに乗せようと「努力」することになります。その努力がどこに向かうかによってさまざまな結果がもたらされてきました。


当初周りに合わせることができないのは本人の問題と理解し、本人を変えようとしてきました。こだわりや偏った興味・関心を誤学習とみた応用行動分析などのアプローチはその一つかもしれません。本人の「気持ち」を顧慮せず矯正を図った結果、強度行動障害などの副反応が現れることもありました。


2001年WHOの国際生活機能分類(ICF)以降、調和・不調和は本人と周りとの相互作用すなわち「関係」として理解されますので、今は本人のみに原因(責任)が求められることは少なくなっています。車いす生活による移動障害を建物や公共交通機関の構造の問題とみて、バリアフリー化、あるいはユニバーサルデザインによって克服するようなものです。自閉症にみられるこだわりや興味・関心の偏りも、自傷・他害など危険を伴うものでない限り受け入れて共存・共生をはかることになりつつあります。努力は本人を変えるよりも、なぜそうするかを理解し受け入れるために周りが変わることに向けられています。環境の構造化を考えたショプラーらによるTEACCHプログラムもその一つでしょう。


私は北原キヨ先生の生活療法を直接学ぶ機会はありませんでしたが、先生が書かれたものを見ると共に生活することを通して子どもの生活を深く知ること、そして発達を促進する望ましい環境を作ることを強調されています。それは自閉の子たちの内面を受け止めてそれに丸ごと関わる、すなわち自分自身の振る舞いが自閉の子の行動にどう影響するかを感じ取ることを通して「関係」のありように気づき、「子どもの内部の力を動かし成長させていく」ことと理解します。その際健康な子供からの多くの刺激、たくましい力による働きかけが基礎になると強調されています。今度授業参観の機会をいただきましたので、授業実践にそれがどうに生きているか、拝見させていただくことを楽しみにしています。


学校は、教育効率という観点からも集団行動、集団の規律が一般社会以上に重視されています。もともと日本の社会は「和をもって尊しとなす」という言葉に象徴されるように、暗黙裡の同調を強いることに無自覚な文化を持っているようです。学校は子どもたちの発達段階から見ても、同調圧力や排除として、それらが極端に表れやすい側面を持っています。いじめ・不登校もそのような環境のもとで起こりやすくなっています。学校はそもそも自閉の子たちにはなじみにくい特性を持っているのかもしれません。教育相談では友達関係に困難を抱えてしまう自閉の子に出会うことは少なくありません。


武蔵野東の子どもたちは幼稚園から自閉の子たちと生活を共にすることにより自閉の子たちの行動特徴をあるがままに理解し、自然に寄り添う感覚が育っているようです。自閉の子たちに無理なこと、嫌なことが素朴にわかっていますので、いい意味でほっておく、それが相互にストレスフリーな関係になっているのでしょう。ICFに30年以上も先行して実践されてきた混合教育、インクルージョンの素晴らしいところかと思います。


4.脳の発達と環境

(第41号)2019年7月1日発行 


先日(5月25・26日)学会(第37回日本生理心理学会大会)を文教大学で開催しました。招待講演ではイギリスから千住淳さんを迎え、「社会脳発達の多様性と自閉症スペクトラム」と題して講演していただきました。社会脳とは表情認知やコミュニケーションを担う脳の働きのことで、人との相互作用が苦手な自閉症のメカニズム研究がその出発点の一つとなっています。千住さんは今や社会脳研究の世界的トップランナーの一人ですが、そもそもは武蔵野東学園の子どもたちを対象として卒業論文で視線認知研究を行ったことが始まりです。当コラムその2で記したように、当時私も武蔵野東の子たちを対象に脳波記録を行っていたことが千住さんとの出会いの始まりでした。千住さんの研究は東大を中心とする武蔵野東プロジェクト(国際共同研究等)として、現在に至るまで活発に情報発信を行っています。


私はその後医科大勤務を経て現任校に移り、障害児教育に携わった経験を活かし不登校、いじめ、教育相談など発達臨床心理学へと研究の幅を広げました。ただし子どものコミュニケーション能力形成に関心の焦点があることは変わりません。


千住さんの講演は、まなざし(視線)の利用特性に関する経験の効果の、神経過程を含めた紹介でした。自閉症に限らず、コミュニケーション能力形成における環境の重要性を説く、イギリス経験論の現在を垣間見た思いです。加えて学会の特別講演では神経代謝研究の第1人者でもある私の友人に、ADHDの動物モデルからその発症メカニズムに迫っていただきました。綿密な実験により免疫分子がシナプス剪定障害に関与する可能性が紹介されました。いずれの研究も脳の発達に環境が大きく関与することを示しています。


つい数日前児童福祉法が国会で改訂されましたが、その端緒となった虐待死などについて、私は育児の貧困化、虐待の世代間連鎖などアタッチメント(愛着)の問題、あるいは育児文化の継承の問題とみて憂慮しています。両親が仕事に時間を奪われ、育児・生活を楽しめない、群れて遊ぶ子どもの時間が失われた、などは全てコミュニケーション能力を担う子どもの脳の神経回路形成の貧弱化に結び付きます。特に乳幼児期早期の親子の絆の形成を保障する育児環境の確保は、社会が直面する焦眉の課題です。コラムを終えるにあたって、自閉症の子を持つ親への支援として始まった武蔵野東の足跡に敬意を表するとともに、親たちを孤立させず、楽しい子育てを支援する動きがますます広がってくれることを願っています。微力ながら私も引き続き力を尽くします。


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