「壁のむこうへ」著者

スティーブン・ショア氏講演会 

“自閉症スペクトラム  

―内側と外側から見たその世界―”

2005年1月27日(木) 10:00〜12:00  武蔵野東学園本館

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スティーブン・ショア氏講演会内容

コンニチハ、オハヨウ。

おはようございます。武蔵野東学園に来ることができ、とてもうれしく思っています。今日お越しの皆様は、私も含めてみんな自閉という世界(コミュニティー)に関わっている方々だと思います。自閉の世界(コミュニティー)には、保護者の方、家族、先生、医者、他の専門家、自閉症の本人が含まれます。自閉の世界へは、私は、喩えとしまして「自閉の龍によって引き込まれる」と言っています。その龍が火を吹くと、言語が後退し、かんしゃく、引きこもり、自虐行為、くるくるまわるなどの行動、自傷などの症状が表れます。

私は、18ヶ月の時に、自閉の龍に引き込まれました。私の親はどうしていいかわかりませんでした。自閉症の原因は、いまだにわかっていません。専門家たちは、さまざまな原因を調査しましたが、結論はありません。遺伝、ワクチン接種、食事、環境などいろいろな説があります。ウィルスが胎児に影響したのではないかという説もありますが、まだ結論はわかっていません。研究者の中には、遺伝的傾向があって、その上でなんらかの要素によって引き起こされているのではないかという学説を唱える人もあります。

ここで自閉症の定義をみてみます。アメリカ自閉症協会(ASA)の定義は、生後まもなく現れる複合的な発達障害で、脳の機能に影響を及ぼす神経的な状態が起因しているとしています。診断については、DSM-IV-TRによりますと、社交的な関わり、コミュニケーション、反復的な動きと限られた興味があげられています。言葉の後れもなく臨床的な遅延がない場合は、アスペルガー症候群となります。一番下ですが、アーノルド・ミラーは中枢神経が障害をもっているという説です。ミラーの定義によりますと自閉症の人は必要な情報を周囲から得られないために、適切な行動ができない、障害が起こるとなっています。

重要なことは、感覚統合であるとか、五感のバランスです。感覚は外側の感覚、内側の感覚に分けられます。視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚が外部感覚です。内部の感覚は、前庭覚と固有受容覚です。前庭覚は内耳で、バランスを司る感覚です。固有受容覚は、筋肉や関節からのバランスの感覚です。体の部分が今どこにどうなっており、どのような状態で何に触ったらどのような感覚になるか、という指令を与える、例えばどれくらいの力でペットボトルを持てば、クシャッとつぶれないか、どれくらい手をのばせば物がもてるか、そういったことを命令する感覚と言えばいいと思います。ですから、自閉は感覚のバランスがくずれているのです。周囲からの情報が多すぎて混乱する、あるいは少なすぎる、つまりバランスがくずれているといえます。

例えば、友人が図書館へ行きました。彼女は目がチカチカしていたたまれなくなり、自分から「図書館へはもう行かない」と決めました。実は、蛍光灯がチカチカしていやだったわけです。彼女は自分のことを主張することができましたが、8才の言葉のない子は言えません。例えば学校で、算数を勉強しなくてはならないし、先生の言うことを聞かなくてはならない状況では、言葉で表現できません。この場合は、急に電気を消してしまうという行動をとるかもしれません。このような行動は、「問題ある行動」ととらえられます。しかし、このような問題行動というものこそ、頭の中のバランスがとれていないことからくる行動といえます。

こういった自閉症の子どもと過ごす人達は、子どもの環境がどのようなものか、要素を一つずつ探って対処しなくてはなりません。自閉症の子どもは散髪を嫌がることが多いようです。バリカンやはさみの音がいやなこともあるでしょう。1本1本髪を引っ張られる感覚、私もとてもいやでした。髪の毛が頭皮から引っ張られるように感じました。小さいときにはかなり長い間、父にキスするのがいやでした。コーヒーのにおいとひげのザラザラした感触が耐えられませんでした。音に関しては、自閉症の人は複数の音を聞いたときに、重要な音をひろって、それ以外の音は、後ろの方にもっていくことができずに、全部均等に受け取って聞こえてしまいます。例えば、私の妻は、ハープの練習をしますと目覚まし時計のタイマーをかけるのですが、私はその音がいやでクッションの下にすぐ隠してしまいます。妻が時計をさがしてよく怒っています。私は「クッションの下にあるよ。だれだってうるさいから隠すよ」と言っています。

内側の感覚について話をします。前庭覚の刺激の少ない子どもは、くるくる回っていたり、ジェットコースターに一日中乗りたがったりします。逆に刺激の多すぎる場合は、あとずさりがうまくできません。固有受容覚に問題がある場合は、分厚いマットや布団にくるまれるのを好むことがあります。私は、飛行機がとても好きです。飛行機が離陸するときの背中にかかる重力の感覚が好きなのです。飛行機の翼が乱気流にあって上下する、飛行機が自閉症なのかもしれませんが、そのグラグラする感覚も大好きです。自閉症の子どもたちは、このような感覚のアンバラスを感じているのに、勇敢にも毎日対処しているわけです。私は、ボストン東スクールを訪問することがあるのですが、その教育に感動しています。体育や体を動かすことは、子どもの助けになるすばらしいものだと思っています。

自己刺激行動に目をむけてみます。自己刺激は、ひとつは反復行動、機能的でない行動を繰り返すといわれます。椅子に座ってじっと座らなければならない場合、自閉症の人は髪の毛をいじったり、顔をひっかいたり、ペンでいたずら書きをしたり、足を上下に動かしたりします。この行動はよく見られる行動です。意味のない反復行動です。人間は椅子にじっと座っているようにはできていないと思います。自分を覚醒しておくためにいろいろいじったりするわけです。つまり、集中を維持するために行う調節行動なのです。人によっては興奮を静めているかもしれません。自閉症の子どもは、手をヒラヒラしたり、目の前で手を動かしたりすることで、自分の脳を調節している、行動を調節していると考えられます。普通の大人は社会的に受け入れやすい自己刺激行動をとっています。でも、教室で手をヒラヒラさせると先生や他の子どもの迷惑になります。こんな場合、東スクールでは他のことに集中させようとします。例えば、笛のリコーダーを持たせて手を動かないようにさせていました。これはとてもいいやり方だと思います。

自閉症スペクトラムについてお話します。広がりという意味でスペクトラムという言葉を使います。図のこの幅の左の方が重度の自閉症、言葉がなくかんしゃくを起こし、自傷行為があります。初めて自閉症という言葉を使ったのは、1943年のレオ・カナーです。一番右側は軽度の自閉症、アスペルガー症候群も含まれます。言語能力も高い自閉症です。私の友人にIQの非常の高い人がいます。言語性IQが200、全体のIQが175、動作性IQが110で、私達よりずっと高いのです。何が違うかというと対人関係、人とのつきあい、感覚のバランスがちょっと違うわけです。真ん中に赤い丸があります。私が18ヶ月の時点で言葉がなく、周囲の状況がわからなくなったその自閉症状がスペクトラムのどこに入るかを示しています。その赤丸が左にありますが、右の方にだんだん移動してきいてきます。矢印は、重度から軽度に移動してきていることを示します。私たちの課題はいかに早く右側に移動するかということです。

次に私の人生を紹介します。私は2時間の分娩時間で生まれました。8日目には寝返りを打ったということです。この写真はそのころの写真ですが、私の妻は「卵のようね」と言います。1才半のときに自閉症の龍が襲来し、すべての自閉症の傾向がでてきました。両親は苦労して1年をかけて私を様々な場所に連れていきました。

この頃は、1960年初期で、自閉症会議もなければ自閉症児を教育してくれるところもありませんでした。そのころ、自閉症は、まれな疾病であり、精神病の一部、統合失調症である、親のしつけ、特に母親の子どもの扱いが悪かったと思われた時代でした。私は、非定型的な発達、強い自閉症傾向、精神病的と診断されました。両親は、医者から、こんな重い子どもは見たことない、施設に入れなさいと言われました。しかし、親は施設に入れることを拒み、学校への入学を長期にわたって頼んでくれました。その年に両親は早期教育を受けさせようと必死でした。その頃ほとんど外からの情報もなく、私を愛するがゆえにいろいろな努力をしてくれました。父親は外で仕事をし、母が家のことや育児をするというのが一般的でしたから、特に母親が私に愛情をかけてくれました。早期教育をしてくれる教育現場はなかったので、家庭をベースにした早期教育をしてくれました。音楽、体育、感覚統合、模倣、お話を聞かせるなどを含んだ早期教育をしてくれました。母は、まずまねをするようにさせました。まねができない場合、母の方が私のまねをしていました。私は、周囲と母を意識できるようになりました。周りを意識できるようになると、母は次の指示を与えてくれました。子どもの教育は、その子どもが自閉症であれ、博士課程の人であれ、本人に会ってその本人と人間的つながりをもつことが始まりだと思います。子どもの教育・発達にいかに親の役割が大切か、発達の指針になるかということを申しあげたいと思います。子どもの将来を決定するのは皆様です。須田先生、阿部先生をはじめとした皆様のやっていらっしゃることはすばらしく、保護者の方々に感謝したい、お礼を申し上げたいと思います。

私の母は、科学的な側面、ミラーのいう zone of intention 意識の帯について気づいていました。一般の人は意識の帯は非常に広いのですが、例えばこの講堂の一番後ろの人でもステージの上の私たちを、真ん中の間にあるものに作用されないで見ることができるわけですが、自閉症の人は意識の帯が非常に狭く、うまく見ることができません。遠くから「ごはんよ」と呼ばれるだけではわかりませんが、近寄って肩に触られてやっとわかる、そういう違いです。

4才のころ、私は再び話ができるようになりました。その時はじめて以前に拒絶された学校に入学することができました。再評価では神経症という診断を受けました。私はそのころ時計のねじなどにとても興味があり、時計をばらしてまた元に戻したりするのが好きでした。私は手先が器用でしたが、自閉症の人は不器用な人が多いようです。だんだん年をとってくると、気持ちや考えを表現するのに紙面よりパソコンのほうがよくなりました。時計をばらしていろいろなものをみてみることと、コンピューターには共通点があることに気づきました。非常に体系的である、いつも決まっているということです。時計もコンピューターもいつも同じで、コンピューターは、キーを強く叩こうが優しく叩こうがいつも同じ文字がでてきます。安心感があるということです。神経のバランスが必要になってくることが、むずかしさを感じることなのです。大切なことは、自閉症の人は、長所があったら必ずそれを伸ばすことです。初期にはただ好きなだけかもしれませんが、将来的には実となりますし、充実した人生を送ることができるようになります。

6才のとき公立の幼稚園に入りました。対人的にも勉強面でも大失敗でした。アメリカでは障害があったり変わったりしているといじめにあいます。先生もどのように教えてよいかわかりませんでした。ですから、私は学校で勉強するより、好きな本、星や生物、科学の本を夢中になって読んでいました。そこから学ぶほうが大きかったといえます。先生はどうやって教えていいかわかりませんでしたが、私は特に問題行動はなかったので放っておいてくれました。

次に、disclosure、公表、開示ということについて話します。これには、自分から公表するということと、他から言われるということがあります。私は、私だけどうして特殊教育のクラスに行くのか、専門家やセラピストに会うのはなぜかということが疑問になってきました。このころは、親がそれを子どもに話してあげる、あなたにはこんな問題がある強みがある、あなたはその強みを使って充実した人生が送れるということを話してあげる時期だと思います。このように症状や健康状態、特徴を公表することによってある意味では自閉という烙印を除去することができると思います。

8才の時に、算数の勉強を教わりました。私は机に星の本などを積み重ねていたのでしたが、先生には不思議に思えたことでしょう。本から大学レベルのことを学んでいました。先生方が認識しなくてはならないのは、それぞれの子どもの関心や興味です。もちろんどんな人でも関心があるものはよくできます。自閉症の人はもっとその度合いが強いといえます。アントニーアイバスというアスペルガー症候群の研究者は、興味の強いことをやることがとても有効だと書いています。自閉症の子どもを教えるときには、特別な興味をパワーとして、教育するのが大切だと思います。子どもの頃からの私の興味の対象をリストアップしました。未だに興味のあるものも、興味が消えてしまったものもあります。

10才になると頭から離れないことがありました。eと言う文字です。一番最後がeで終わる動詞にingをつけるとeが消えてしまうことが、どうしても気にくわない、耐えられないことがありました。また、ある友達がピザが食べたい時に、「ぼくはピザって感じ」と言ったので、私は「君はぜんぜんピザに似ていない!」と言って怒ってしまったということがありました。このように文字通りに理解してしまうというのも自閉症の特徴のひとつです。通常は理解に苦しむところですが、ブレンダ・マイルズのhidden隠されたカリキュラムで、みんな知っているけれど口にはしないことが理解できないということです。

ひとつ例があります。あるアスペルガー症候群の人が、制限速度55マイルの道路を38マイルで車を運転していました。警察官が、あまりに遅く運転していたので、その人に「横に寄りなさい」と合図をしました。普通の場合は、道の路肩に停車するのですが、この人は中央分離帯に止めてしまったということがありました。警察官は、のろのろ運転だったので、酔っぱらい運転かと疑ったわけですが、飲酒は全くしていなかったのです。アメリカではアスペルガー症候群の人はカードをポケットに入れています。「私はアスペルガー症候群です。私は危険人物ではありません。静かな場所に移動させて下さい。または、父に連絡して下さい。連絡先は〜です」というものです。この車の例は、誰もが暗黙のうちに知っているルールを自閉症の人は理解できないということを表しています。
次に絵を見て下さい。「
Hold the door:ドアを押さえて」と言っているのですが、文字通り取って、holdを「持ち上げる」と理解してしまっています。

私は13才で中学に入りました。通常では複雑な時期ですが、私にとっては楽になってきた時期でした。コミュニケーションができるようになったことと、先生も成績で評価してくれたからです。私は音楽にとても興味がありましたので、音楽を通してバンドなどやコミュニティーの人とも接することができるようになりました。自閉症の子どもに楽器を教えるのは、とてもよいことだと考えています。子ども自身が楽しめると同時に、社交の機会もできるし、コミュニティーでバンドなどに入って交流もできるからです。

私は、19才で大学に入りました。友人も増え、自転車を夜中に乗り回し、夜中に自転車を乗り回すのが好きな仲間ともつきあえるようになりました。またデートもするようになりました。普通と感じ方がちがう、合図などが理解できない、微妙な相手の兆しがわからないなど、結構難しいものでした。そのころ、幸運にも妻に会いました。結婚して15年になります。

自閉症の研究はまだ歴史が浅く60年くらいで、日本でも特殊教育の法律が通過したばかりと聞いています。武蔵野東学園や他の学校にも多くの自閉症の子どもたちがいますが、いずれは社会に出ることになります。今は、保護者や先生、専門家によってニーズが満たされていたとしても、社会に出た場合には、自分で自分のニーズを満たす、自分を擁護するということが必要になってきます。子どもから成人になって、助けてもらう段階から自分でニーズを主張して擁護するという段階になる時が課題になってきます。求めていることが相手にわかってもらえるにはどうすればいいのだろうか、どのようにアプローチしたらいいのか、相互理解、充実感とか、どのように生産性を高めるかということを自分で考えなくてはならなくなります。

自分が自閉症であることを知って、公表し、主張し、擁護する時には、自分がそうであることを示さなくてはなりません。示すことでリスクが生じてきます。相手がわかってくれるのだろうかというリスクです。例えば、自閉症の人が職場で働いていて、蛍光灯の光で目がチカチカしたとします。上司に自分のニーズを主張して蛍光灯を変えてもらう、それが自己擁護なのです。

では、なぜ目がチカチカするのか、そこで自閉症だからということまで言わなくてもいいのではないかと思います。自己擁護と公表ということには、複雑な点があります。いつどこでだれにどこまで伝えるかということです。言ったほうがいいのか、そこまで言う必要があるのかということがあります。私の2冊目の本 Ask and Tell」 という本、これはおそらく6ヶ月先には日本語に訳されて出版されると思いますが、その中で私は6人の自閉症の方に寄稿してもらっています。この本は自己擁護と公表ということに的を絞った本で、自閉の人たちが、どのような形で自分を出して自分を擁護すればいいのかについておさめたのがこの本です。

なぜこういうことを考えるかというと、現代の人々は毎日いつも忙しく、自分たちとちょっと違う人を気にかける暇がない、いじわるや見くだしているわけではないのですが、ただ忙しく余裕がないのです。だから、自分自身がこうで、こういうニーズがあることを人々に理解してもらうということを考えて、この本を書きました。

現在では多くの自閉のお子さんたちが、大学に行っています。そして、どのように支援できるかを考えています。両親、友人、学校、専門家などから支援があってはじめて充実した大学生活が送れるのです。この人たちを支援することは、あとで何倍にもなって戻ってきます。彼らが、できる限り自立して、職業を持ち、社会への貢献をすることができるのですから。

大学の生活ですが、アスペルガー症候群や自閉症そのほかの障害の方にとって、このような4つの要素をもって支援プログラムを作っていけばとてもよいものになると思います。大学の生活をいかに意義のある成功に導くかについて、原因をつきとめそれをどう解決すればよいかワークシートを作ってみました。例えば私の生徒の1人ですが、一枚の紙に多数の問題が書いてあると、視覚的な問題があって圧倒され、それだけでもうできなくなってしまいます。彼女と私で解決策を考えました。1つは、1枚の紙に1つだけ問題を書くこと、もう1つは、1つの問題以外を他の紙でかくすというものでした。彼女は蛍光灯も苦手でした。自閉症の皆さんにはストロボの点滅のように感じられるということなのです。解決としては、照明を変える、窓側に座る、野球帽をかぶって遮るなどが考えられました。その他、苦手なことに、長い期間を要する課題を出されるということがあります。その解決策として、時間のかかる宿題については、定期的に先生に会って時間を区切って宿題を確認していくということを行いました。対処するためには、学生自身が一番何が問題で何がニーズかということがわかっているので、教師は学生とよく話し合ってそれを探っていくことが必要です。同時に、学生に自分のニーズをわかって擁護すること、自分を公表する必要がでてくるということを十分理解させることが大切になります。

では、ここで自閉症であるということは、どういうことなのかについて考えてみたいと思います。普通の人はあたりまえに感じることがわからない、できないのです。まず、話すという行動ですが、2つ課題が含まれています。その複数の行動が同時にできるということが必要です。例えば、歩きながら人と話すということを考えてみます。このような複数のことを同時に行うことを、普通の人は、何の問題もなく自動的に行っているわけです。話すことがメインで、話すことに集中できるというのが一般的です。つまり、複数の行動があったときに一つに集中して、他のことは無意識に自動的に行うことができるということです。どうしても集中しなければならないことは、例えば、初めて自動車を運転することです。音楽を聴きながらなんてことは出来ないわけです。

次に同時行動をリストアップしてみました。皆さんも私の話をメモを取りながら聞いていらっしゃいます。言葉でない非言語的な合図をぱっと解読できる、これもいくつかの行動を同時にしていることになります。自閉症の人にとっては、ひとつひとつが同じ重要性をもって入ってきます。だから、多くの自閉症の人にとって聞きながらメモをとるのは難しいわけです。視線を合わせながら話をすることもそうです。ひとつひとつの認知行動に集中してしまうので、ながらということは大変むずかしくなります。合図に関しても同じです。私は、大学のとき、人の合図がわからず、ボディランゲージの本などから、自分用の辞書のようなものを作った経験があります。非言語的行動はとてもわかりにくいものなのです。

これは、ちょうど新しい文章を考えながら、同時に「し」という音を言わないようにするというようなものです。「おかしを食べました」が、「おか_を食べま_た」となるわけです。そういう文章を言いなさいと言われると、一般の人でもとても難しいものです。自閉症の皆さんが一般の人の非言語的行動を理解することは、いつもちょうどそんな感じだということがわかっていただければと思います。

本日はおいで下さいまして、ありがとうございます。招待下さった武蔵野東学園、お越しの方々、保護者、先生、専門家の方など、自閉症の教育に情熱を込めてあたっておられる全ての皆様に感謝して、私の話を終わられていただきます。

アリガトウ!

(この講演の内容は、スティーブン・ショア氏ご本人の許可を得て掲載しております)

(この講演は「平成16年度 科学技術振興調整費:障害者の安全で快適な生活の支援技術の開発」研究による招聘中に行われたものです。)

武蔵野東教育センター

スティーブン・ショア氏 プロフィール

1961年生まれ。1歳半までは普通に育ったが、1歳半で言葉を話さなくなり、自閉症と診断される。両親の働きかけによって、4歳のころには、また話せるようになり、特殊学校に入学。その後も、両親、先生、その他の人々の多大な援助により、現在は、ボストン大学で、自閉症スペクトラムの人たちの可能性をフルに生かすための研究に焦点をおきながら、特殊教育学の博士号を取得中。
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年前に結婚。現在、自閉症の子どもに楽器を使った療育を行ったり、成人してから直面する人間関係、就職などの支援を通じ、彼らと社会への橋渡しを行っている。「壁のむこうへー自閉症の私の人生」(学研)の著者。国際的なレベルで専門的な支援、発言を行っている。
Autism Society of America (全米自閉症協会)会員。
sperger's  Association of New England 理事長等をつとめる。