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合格体験記 「後輩たちへ」 |
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早稲田大学本庄高等学院 坪井 千羽実 <平成22年度卒 第26期生> 3年生になったばかりの頃、行きたい学校は何となく決めていました。4月に特進が始まり、夏休みになると過去問演習が始まりました。点数の重みを知ったのは、この辺りからでした。私はケアレスミスをしないように、1問1問注意しながら解くようになりました。そうすることで少しずつ点数は上がっていきました。私の特進はその日の過去問などの点数が黒板に貼りだされて、1位の人から順に座っていきます。私は特進の皆に負けたくない、という気持ちで頑張りました。特進の皆はいいライバルであり、いい仲間でもありました。 |
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明治大学付属明治高等学校 小林 桃佳 <平成22年度卒 第26期生> 改めて「受験」というものを振り返ってみると、本当に有意義な時間であり、貴重な経験であったと思う。 |
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都立 西高等学校 松浦 悠日 <平成21年度卒 第25期生> 「最後まであきらめないこと。」これが自分がこの受験を通して学んだことだ。 3年生になって特進が始まった1学期。このころは受験というものを漠然としか考えておらず、ただ先生に言われたことをこなしていただけであった。先生に言われたとおりに学習を進めテストを受ける。正直な話、1学期はそれでも成績はとれてしまう。しかし今思い返すとそこから自分で考えて学習を進めるということを始めていれば、受験の結果も変わっていたのではないかと思う。学校の成績と受験は全く異なっている。いくら学校の成績が良くても受験を勝ち取れるわけではない。この頃はそのことは頭ではわかっているつもりでいたが、本当には分かっていなかったのだ。 部活も引退し迎えた夏休み、そして2学期。恥ずかしい話ではあるが自分はこの時期も受験についてはそれほど真剣に考えていなかった。スポーツ大会があるから、学園祭があるからと理由をつけて勉強から逃げていた。とりあえず先生に言われたことをやっていれば合格できるだろう…そんな甘いことを考えていた。しかしそんな中で受けた12月の駿台模試、第一志望合格率30%以下。これはかなりショックを受けた。今まで安全圏だったものが再考圏。本気で不味いと思い、ここから死に物狂いで勉強を始めた。周りの人々を鬱陶しく感じるようになってきたのもこの時期からだ。全てが自分の敵に思えてくる。都立高校に絶対はない。そんな不安が自分に襲い掛かる。受験も何もかも投げ出したいと思うこともあった。でもそれでも西高に入りたい。その思いだけを頼りに勉強をした。 そんなこんなで地獄の1月も終わりに差し掛かり一般受験のスタート。併願校の受験は実際に試験会場の雰囲気を味わい、テスト本番の予行演習のような感じで受験することが出来た。そしてその直後にあった都立推薦入試。かなりの高倍率だったので受かったらラッキー程度の気持ちとは言われたが、やはり人間期待してしまうものである。しかし結果は不合格。少しショックではあったが、落ち込んでいたら一般でも同じ結果になりかねないので気持ちを切り替えて最後の追い込みに取り掛かった。自分は都立の一般の前に2校を受験、片方はかなりの挑戦校であった。この高校の受験に向けかなりの学習時間を費やしたものの結果はまたもや不合格。これはかなりへこんだ。今までで一番勉強して臨んだ受験での失敗。周囲には普通に振舞っていたものの内心はかなりブルー。挑戦校を受けるにはそれ相応の覚悟がいるということを思い知った。しかしどんなに落ち込んでも受験は待ってくれない。刻一刻と入試は迫ってくる。もう本当に限界であきらめそうになっていた。そんな時一通のメールが届いた。 「落ちることは考えたら駄目。もう無理だと思ったらその時点で負けなんだから最後の最後まであきらめてはいけない。」 このメールを読んだ瞬間心がふっと軽くなった気がした。自分のことをこんなにも励ましてくれる人がいる。その後も次々と届く応援、激励のメール。もう怖気づいている場合ではない。心に炎がともった。 平成22年2月23日、都立高校一般入試。いよいよ試験本番。前日は睡眠もしっかりとり万全の体調で試験に臨んだ。まず1時間目は国語。これは特進や授業で行ったものの類題がでたので問題なく終えられた。だが次の時間の数学。1問目から分からない。衝撃を受けた。2問目、3問目もかなりの時間がかかる。大問2、3.4などは文字通り手がつけられない。焦りが生まれ軽いパニックも起こした。泣きたい気持ちになり、やはり自分には到底不可能だったのかとも思った。そんな時周りの人達からの言葉が脳裏に蘇ってきた。 「あきらめちゃだめ。」 今までの焦りが嘘のように無くなり心が落ち着いてきた。そして解ける問題を探し計算も丁寧に行った。出来ないところはスッパリあきらめ別のものに取り掛かる。出来ないものは出来ないんだから仕方ない。取れるところをとろう。そんな気持ちさえも生まれた。 その後のテストも自分の力を百パーセント出し切れた。その結果合格。15年間生きてきた中で一番嬉しかった瞬間だ。 |
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国際基督教大学高等学校 渡邉 彩友 <平成21年度卒 第25期生>
私が志望校を意識し始めたのは2年生の頃。合同相談会や文化祭に行き、自分の行きたい高校を見つけた。今思えば志望校を早く決めておいて良かったと思う。志望校を決めたあとは併願校を考えるだけでいいし、3年生になると週末は模試や勉強で忙しく、たくさんの学校や説明会に出るのは大変だ。私立志望なら理科と社会は学校の定期テスト重視で三科を中心に、都立なら五科を万遍なくやる、と明確な目標を持って勉強を早めにスタートできるし、プラン立てもしやすくなる。 3年生になり特進が始まった。最初はなかなかペースが掴めなかったが、慣れてくると同じ特進のメンバー、自分と同じぐらいのレベルの仲間に競争心を持つことができた。 普段の勉強では基本を大切にした。模試では自分のできなかったところの見直しをするので、苦手分野を集中的に勉強し、得意分野ではケアレスミスをなくすようにするなどと工夫をするようになった。また、模試で良い判定が出れば励みになるし、悪い判定のときは落ち込んだけれど、その時々の自分の実力を知れて良かった。月に1回は会場模試を受けておくといいと思う。 夏休みはほぼ毎日夏期講習があった。正直、遊びたかった。だからずっと勉強するのではなく、時間を決めて休憩時間には自分の趣味で気分転換をはかった。また、次の模試の目標偏差値を設定し、プランノートに一日一日のトータルの目標時間(夏期講習のある日は4時間・休日は9時間)を計画し、各教科にそれを振り分けた。特別進学学習では全国入試問題を解き、順位をつけていく中で「1点」の重みを知った。宿題は毎日大量に出され、こなしていくので精一杯だったが、夏休み後の模試で良い結果が出せたときは、達成感を感じた。 ICU高校は問題がとても独特だったので11月から過去問を15年分やった。特に数学の問題はあまりにも特殊で、最初は全くできなかったが、何年分もやるうちにコツがつかめて点数がとれるようになった。英語では色々な難関校の長文を解いたりした。英作文を添削してもらったりして先生には大変お世話になった。国語では現代文しか主題されなかったのでとにかく長文を解き続け、記述問題を中心に解いた。受験勉強では今までやってきたWITや歴史用語検定などが生かされると感じた。1、2年生の時に小テストに向けてコツコツやってきた成果が合格につながったと思う。 受験間近は精神的に辛かった。受験なんか早く終わってしまえばいいと願った。過去問をやっていても、自分の行きたい高校がなぜこんな難しい問題を出すのかと悲しかったし、不合格だったらと想像すると怖かった。でも、そんな時にプランノートでの先生の応援の言葉、ライバルである特進のメンバーと励ましあったことは今でも忘れられない。おかげで入試の日も思ったよりリラックスして受けることができた。しかし、自信は全くなく、合格発表までの2日間は一日一日がとても長かった。合格を勝ち取った後も信じられない気持だったが、今まで勉強してきたものは無駄でなかったと思え、うれしかった。私が塾にも行かず合格できたのは東中ならではの特進、先生、友達、家族のおかげだと改めて思う。 最後に後輩の皆さんへ。受験は長いようであっという間。辛く大変だった時は多々あった。受験を楽しむというのは無理かもしれない。でも私にとってこの1年間は自分の人生の中で1番充実していた。だから自分の信念を貫いて頑張ってほしい。そして、入試の日には自信を持って挑んだほうがいい。やはり最後は精神的な、自分との闘いだからだ。 |
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国立 筑波大学附属駒場高等学校
菊地 智博 <平成20年度卒 第24期生> 受験という1年をかけた長い長い戦いが終わった。1年前の私は志望校もおぼろげで、これからの生活に不安を抱いていたわけだが、いまこうして新しい生活に臨むことが出来るのも、家族や学校の先生そして仲間たちのおかげでもあるので、感謝をこめつつ後輩の参考になることも願い、1年を振り返ってみる。 3月、先輩たちの受験が終わった。学校のロビーには、先輩たちの合格校が貼り出されていた。私は同級生に混じり、それを眺めていた。私は傍観者であった。受験が自分に迫っていることにまだ気づけないでいたのだ。一応対策のようなことはしていたが、しかしそれはまだゴールまでの1%にも足りなかったようだ。 4月、いきなり編成テストがあり、ついに特別進学学習がスタートした。私が属すことになったグループには、学力で自分と同程度もしくはそれ以上の仲間がいた。ライバルが身近にいる環境は非常に刺激的で、問題を解くのも楽しかった。特進は、「バトルテスト」を通した完全な競争の世界だった。そして私はこのテストのために、必死で勉強することになった。私のグループでは、他のグループと違い、宿題がまったくでなかった。「自分で勉強する」ことを促すためだったと、今考えれば思う。私は過去に塾というものに行ったことはなかったし、高校受験に際しても行くつもりはなかった。学校の授業と特進、自分だけでこの1年間はやった。物事を理解したり、問題を解く力をつけるのは方法はなんにせよ結局自分だから、別にどこでやろうと結果は変わらないと思うからだ。 夏休みには、夏期講習がある。1、2年生の夏に先輩を見てつらそうだと思ったそれである。この期間は全国の公立高校入試問題集を使い、毎日、3科の入試問題を丸々1県分行って行く。なんと講習、宿題でそれぞれ1県ずつだ。午前中に理社中心の短い授業ののち特進と同様の講座がある。私のグループでは午前にバトルテスト、午後はゼミ形式の講座を行った。これがお盆休み以外は毎日ある。間違いなくこの夏期講習は気力が続かない。毎日1県分の宿題でさすがに精一杯だ。しかしこの地獄を耐えねば先には進めない。わかったのは息抜きの大切さである。夜一段落したら体を動かすのもいいと思う。 秋には学校見学の嵐である。毎週末、模試等で自分に丁度いいと思われた学校の文化祭、説明会を回る。1ヶ月休みがないこともざらだ。考えていなかった学校が自分にあっていたり、その逆だったりする。三者面談を通して志望校を篩いだしていく。このころやっと私にも受験という物が見えてきた。正直、不安でいっぱいだった。この解けない問題がでたらどうしよう、と悩んだ。とにかくやったのは『直し』作業だ。間違えた問題をファイル、傾向を分析し、対症療法的に強化した。この方式はさまざまな分野に功を奏した。 冬、2回目の三者面談で最終志望校を決定した後は、家で毎日過去問をやり続けた。過去10年分くらいはやる。市販のは5年分くらいだが東中の先輩たちの遺産がある。そんな感じに冬休みは過ごした。一番不安定なのもこの時期だった。過去問の成績をみて自分が信じられなくもなった。結果的には杞憂だったが。本末転倒だとは思ったが、必要に迫られ、高校の学習範囲に手を出すこともした。 私は1月の推薦入試は本命でないので、2月になるまで勉強しなければならなかった。推薦入試組が合格を決めていく中でのプレッシャーはきつい物だった。2月ごろは最終確認に徹した。具体的には、あの『直し』作業と、暗記事項の完全化、暇つぶしの数学問題、などである。2月10日から13日までの数日間はとても長かった。それまでの日々が1年前にも思えたほどだ。受験本番は本当に長かった。それだけ私が集中していたということだろうか。合格発表で自分の番号を発見したときはとても嬉しかった。自分のしてきたことが正しかったと証明された気がした。今回は、完全に自分の力で合格をつかみ取れた。あたり前のことだが、達成できたのは、なんだか誇りに思える。 |
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早稲田大学系属早稲田実業学校高等部 鈴木 麻里 <平成20年度卒 第24期生> 私は、11月の末まで部活動を続けることに決めたので、限られた時間をどう有効に使っていくかを第一に考えて勉強をしていました。私は都立高校を第一志望にしていました。私にとってかなり難しいレベルの高校を志望していたので、その合格に向けた手段として、チャレンジ校と併願校を1校受験することに決めました。 理科と社会は夏休みの期間を利用して細かくまとめなおして、その単元の問題を解く事にしました。社会などでブツ切りに覚えていたものが一つ一つ繋がって、頭の中を整理するのにとても役立ちました。授業だけでは分からない細かい部分も過去に出題されていて、まったく点数が取れませんでした。でも、参考書で疑問に思った事をひたすら用語集や地図帳で調べたり、授業で解いた過去問の見直しの繰り返しを行っているうちに、だんだん点数を上げることができました。 私立高校の受験に向けて、私は英語が3教科の中で一番点数が取れたので、とにかく確実に英語で点数を稼ぐという作戦で勉強しました。そのために、英語と国語はチャレンジ校の過去問を繰り返し解きました。国語は説明的文章の読解が得意でなかったので、まずその大問を繰り返し解くことから始めました。論文では、とにかくいろいろな学校の過去問をやってみて、先生に提出してアドバイスをいただき練習していきました。数学は、特進でたくさんの問題に出会えたので、学習をしている間に少しずつ解き方のコツなどがわかってきました。都立の問題では解くまでの過程も採点されるので、そのスペースをいかにうまく使って点数を稼ぐかも、先生から教えていただくことができました。歯が立たない問題も数多くあったので、先生にたくさん質問しました。他の解き方も教えていただけたので、とても力になりました。1月に入ってからは、土日は受験と同じように時間を計って過去問でシュミレーションをしました。直前で何をすれば良いのか不安だったけれど、一日を有効に使うことができました。 志望校を完全に決定してから、何でこんなに難しい学校ばかり選んでしまったのだろう、と正直自信が全くありませんでした。 第一志望の推薦試験に落ちてしまった時は、一番苦しい方向に進むことになってしまったのでとても落ち込みました。そんな時、私は先生のある言葉をずっと心の中で繰り返し言い続けていました。それは、「受験でいつも以上の力は絶対に出ない。だから今やらなきゃいけないのは自分の実力を100%出せるように準備することだ。」ということでした。その言葉を聞いて目標が一つに絞れたので、不安になることなく受験に臨むことができました。 結果、私は思ってもみなかった合格をすることができました。言葉では言い表せない嬉しさでいっぱいでした。たくさんの人に支えられた環境があったからこそ私は全力で取り組むことができました。東中の先生方や仲間をはじめ、たくさんの人々への感謝の気持ちでいっぱいになりました。 部活動との両立はとても大変でしたが、顧問の先生に励ましていただき、また仲間と支え合うことができたからこそ乗り越えることができたのだと思っています。 |