教育センター会報(Heart to Heart)コラムより

自閉症児の教育と研究 ~

東條 吉邦 (茨城大学教授、元・国立特殊教育総合研究所分室長)


1.武蔵野東学園との出会い
                          
26平成2671日発行  

武蔵野東学園創立50周年、誠におめでとうございます。

私と武蔵野東学園そして北原キヨ先生との出会いは、1979年(昭和54年)のことでした。それから2004年(平成16年)3月までの25年間、私は国立特殊教育総合研究所(現・国立特別支援教育総合研究所)の分室に勤務しておりました。研究所の本部は、当時から現在まで横須賀市久里浜にありますが、研究所の分室は、昭和51年から平成16年までの28年間、武蔵野東小学校に隣接する敷地にあり(現在の北原記念館の位置です)、文部省の直轄研究機関として、交流教育をはじめとした自閉症児の教育に関する研究を行っておりました。

分室の敷地には、芝生の庭と遊具、そして小さな畑があり、私が着任した昭和54年当時は、武蔵野東小学校の子どもたちが毎日のように遊びに来ておりました。

北原キヨ先生も、しばしば分室においでになり、分室の職員も、様々な調査と研究を武蔵野東小学校で実施しておりました。当時、北原キヨ先生は、中学校や高等専修学校だけでなく、東学園の卒業生の進路となる大学や彼らが働ける地域社会をつくるという構想を、力強く語っておられたことを私は鮮明に憶えております。

私は東京教育大学(現・筑波大学)の大学院生の時、はじめて自閉症児と出会い、その後、渋谷区教育センター相談員の勤務を経て、文部教官研究職として分室に赴任しました。そして、平成16年に茨城大学へ転勤し、特別支援教育や心理学関係の講義を担当するとともに、自閉症や発達障害の研究を続けております。自閉症児とはじめて出会ってから、38年目となりました。

私は今でも、毎年、茨城大学の大学院生を引率して武蔵野東学園を見学したり、学園の行事に参加したりしております。また、東京大学駒場キャンパスで夏に実施している調査研究では、東学園の保護者の方々とお話しする機会もあります。

このコラム(4回シリーズ)では、自閉症児の教育と研究に関する話題を書かせていただく予定です。

2.分室で実施した研究の概要
                          
27平成26121日発行

  武蔵野東小学校に隣接していた国立特殊教育総合研究所の分室は、文部省の直轄機関として、①交流教育をはじめとした自閉症児の教育に関する研究、②自閉症児の障害特性に関する研究、③教育相談に関する実践研究を主に行っておりました。これらの研究の成果は、文部省に報告するとともに、関係学会、学術誌、報告書などで公開しておりました。

まず、①の交流教育は、北原キヨ先生の開発された混合教育と関連の深い概念ですが、混合教育のほうが交流教育よりも先進的な取り組みといえます。この50年間、東学園で積み重ねられた混合教育に関する様々な成果を、東学園から教育実践研究として発信されることは、我が国のインクルーシブ教育の進展に大いに役立つものと思います。

次に、②の自閉症児の障害特性に関する研究のうち、私が取り組んだのは、昭和50年代には、脳波と行動を指標とした言語・認知障害仮説の検討、昭和60年代からは、優れた特異的能力の検討、社会性の発達と心の理論との関係、平成10年ころからは、アセスメントやスクリーニングの研究、視線や表情に関する認知科学的研究などがあり、それらの研究の成果は、学術誌・報告書・著書等で発表し、報告書の一部は武蔵野東教育センターにも寄贈しております。

なお、自閉症児の障害特性、とくに社会性の発達、視線や表情の認知に関する研究は、東京大学駒場キャンパスで夏休みの期間中に実施されている研究に引き継がれ、毎年150名ほどの武蔵野東学園の在校生と卒業生のご協力を得て研究が行われ、研究の成果は国際学術誌だけでなく、単行本でも公開されております。例えば、『自閉症スペクトラムとは何か―ひとの「関わり」の謎に挑む』(千住淳著、ちくま新書、2014年)、『社会脳とは何か』(千住淳著、新潮新書、2013年)などで最近の研究成果が紹介されております。

次回は、自閉症児の教育に関する赤ちゃん研究からの示唆など、社会性の発達に関連する研究を紹介させていただく予定です。

3.赤ちゃん研究からの示唆
                          
28平成2731日発行

マイケル・トマセロ著『ヒトはなぜ協力するのか』(橋彌和秀訳、勁草書房、2013年)や前回のコラムで取り上げた千住淳著『社会脳とは何か』(新潮新書、2013年)などに、赤ちゃんを対象とした研究の成果が書かれておりますが、今回は、社会性の発達や自閉症児の教育に対する「赤ちゃん研究」からの示唆についてご紹介します。

社会性の発達の指標ともいわれている「心の理論」の課題が出来るようになるのは4歳ころと一般的には知られておりますが、最近の赤ちゃん研究から、他者への協力行動に関する心の理解は、1歳前後から可能という結果が報告されております。1歳の誕生日ころに、赤ちゃんは指さしをはじめますが、そのころから援助行動としての指さしも見られるようになります。例えば、赤ちゃんの眼前で、棚にしまわれてしまったホチキスの場所を、紙の束を持って部屋に戻ってきた大人(ホチキスを探している人)に、自発的に棚を指さして在処を知らせるといった行動です。こうした援助行動は親からの促しや報酬によって増加するものではなく、生まれつきの行動であり、「報酬を与えることによって逆に弱まる」と、マイケル・トマセロは指摘しています。

また、1歳半ころの幼児は、大人からの働きかけ(呼びかけなどの明示的な手掛かり)が最初にある場合には、モノ中心の解釈をし、最初に働きかけがない場合には、その大人の好みと解釈しやすいことも報告されています。具体的には、「①大人の呼びかけや視線に反応して大人に注意を向ける」「②モノに向けられた大人の指さしや視線からモノを見つける」に続く「③大人の発した情報(言葉や感情)」は、モノの名称や、そのモノが安全か危険かといった一般的な知識として学び、①の段階がない場合には、その大人の声色や表情を、モノに対するその大人の好み(好きか嫌いか)として学ぶ傾向があることが最近の研究から分かってきました。そして、褒め言葉などの報酬がなくても自発的に学びが成立することも明らかにされ、このような学び方は、「自然教授法」とも呼ばれております(千住淳、前掲書)。

これらのことから、言葉や社会性の発達を促す教育の在り方についての新たな検討も始まっております。

4.研究からの示唆と教育のあり方 
                           
29平成2771日発行

拙著『発達障害の臨床心理学』(東條・他編、東京大学出版会、2010年)をはじめ、自閉症に関する図書や論文では、支援の技法として、ABA(応用行動分析)やソーシャルスキルトレーニング等が紹介され、特に、ABAの効果は科学的に証明されているという記述をよく見かけます。支援者が不適切と考えている行動の頻度を減らし、望ましいと考えている行動を増やす技法としてABAが有効なことは、確かに実証済みですが、「支援者の価値観の押しつけ」といった批判もあります。前回のコラムでは、赤ちゃん研究からの示唆として、報酬で行動をコントロールすることの問題点を指摘しましたが、それだけではなく、上記のような支援技法の実施には、多大な時間が必要となるため、子どもの発達に必要な仲間との遊びや様々な働きかけを行う時間と機会が減ることも問題点の一つです。

子どもの健やかな成長には多くの要因が絡み、何が大切かを見極めるのは難しいことですが、本人にとって楽しい活動は、自発性や能動性を高める大きな要因です。「楽しさ」「笑い」「幸福感」といったポジティブな感情を引き出す活動の重要性を示唆する研究も増えており、自閉症児の笑顔に関して、表情筋の筋電図の分析によって実証的に検討している研究者もいます。

近年、脳研究からの示唆にも注目が集まっています。しかし私は、『発達と支援』(日本発達心理学会編、新曜社、2012年)の『脳科学と発達支援』という章の冒頭で、脳研究からの提言を鵜呑みにしないことが大切であり、「脳科学の最新情報」や「脳科学による最先端の治療法」は、数年後には否定されたり、大幅に修正される場合も多いと書きました。メリットのみ強調し、デメリットの検証を怠りがちなのが研究の世界の大きな問題点です。このところ注目されているユニバーサルデザインに対しても、「子どものためよりも、支援者の安心のため」といった批判もあります。

 研究からの提言を即座に教育や支援の技法に取り入れるのではなく、支援者は、長期的な観点から発達を見ること、様々な問題点を探して検証すること、そして、子どもに合わせることなどの幅広い視野をもつことが大切です

 

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