瑞々しい感性の存在

Heart to Heart16 平成2335日発行

  教育センターに通う子どもたちに、時折不思議な面白い感性を感じることがあります。感受性や感覚の分野は、最新科学でも究明し尽くされているわけではありません。以前、NHKテレビで放映されていましたが脳の神経細胞同士の情報伝達を担うシナプスの量は、一生の中で生後8ヶ月〜1歳前後が最も多く、成人の1.5倍にもなるそうです。また、大人にはない新生児の能力が、一年内に消失してしまう事実など、こうした脳のしくみは人間の奥深さを感じさせるものです。

ある感覚器官が障害により働かない場合、他器官の機能が発達することはよく知られています。感覚の三重苦を背負ったヘレン・ケラーは、その自叙伝の中で、彼女の全身が働いて周囲の状況を察知していることを人々はわかっていない、と伝えています。また、他人と握手をしたときには、その触覚の働きで、心が温かい冷たいなど相手の心のあり方が伝わり、その人がどんな声をしているかまでわかる、ということです。刮目に値する内容ですが、この感覚の世界、感性の世界は、私たちの狭い社会規範の世界、目に見え耳に聞こえる物質的な世界の常識を飛び越えており、限りないほどの広がりと深さがあることを示唆しています。

自閉症スペクトラムの子どもなど、発達障害の状態にあって、ことばが不自由で思ったことを言い表せない子どもなども、障害に伴う感覚過敏を別にして、ある種の感受性が高まっている可能性は否定できません。社会性やコミュニケーション力の弱さは、不安恐怖から生じる神経敏感をさらに増幅させるでしょう。実際、彼らは他人に対して繊細で臆病なところをもっていることが観察されます。不安の強さから身を守ろうとする防衛本能が自然に働いて、新しい環境に入る時にはパニックを起こしたり泣いて不安を表したり、また人に対してもさまざまに試す行動が見られたりします。これも、その場や人を受け入れるまでの、彼らなりの実験・検証を通したプロセスと言えましょう。

この子どもたちは、一筋縄ではいかない社会性などの習得に苦労していますが、一方、人間同士のコミュニケーションが不得手であるのと裏腹に、ある種の感覚の分野において、実に生き生きとした世界を有しているような気がします。彼らの心の中に、何者にも引け目を感じることのない、存在していることの充実感を伴った、瑞々しい感性が広がっていることを信じたい気持ちになります。

経済的な生産性のみに人間の価値基準を置く世界では、彼らの存在、人間性は測り尽くせません。今、変革の大きなうねりを感じさせている競争社会のシステムが、劇的に転換し、それと相俟って人々の精神性も高まってきたときには、この子どもたちの、純真にして他を貶める意識など持たない人間性の評価は、ひっくり返るほどに高まるに違いありません。彼らの中の飾り気のない豊かな感性と、不器用なまでに純朴な人柄が、世の誰からも温かく迎えられる時代が到来することを、私は心待ちにしています。そして彼らに息づく感性が、さらに現実の世界と融合する日を夢みて、今後とも精一杯の関わりを続けていきたいと思います。   

 

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