教育センター会報(Heart to Heart)コラムより

編集者としての出会い ~

師岡 秀治 (学研 実践障害児教育編集部)

* 師岡先生は、長年の編集者としての豊富な知識と洞察力でアドバイザリーボードとしてご助言をいただいております。


1.自閉症そして編集者としての出会い①
                          
22平成2534日発行  

 「自閉症の子どもは大切に大切に、決して傷つけないように育ててあげて。そうすればいい大人になりますから。」これは自閉症の人たちの支援のためのTEACCH(ティーチ)プログラムの日本への紹介者であり、第一人者の佐々木正美先生のことばだ。

私は学研で学習雑誌や児童図書の編集をしていたが、障害児教育の編集部に異動になり、まず勉強にと(財)鉄道弘済会の弘済学園へ行き、重い行動障害と知的障害のある人を見て、余りにもその様子が深刻に感じられ、ショックを受けた。その皆さんは自閉症だという。14年前のことだ。しかしながら、その後の勉強会で彼らを支援するためのやり方がある。そのための一番いい本はこれだと、黄色いA5判の厚い本を講師が示した。著者は佐々木正美先生、書名は講座自閉症療育ハンドブック、出版社は学研。何と自分が異動になったところの本だった。子どもの本をずっと編集していたので自分に何ができるか、悩んでいた。ふーん、いい本を作っているのか、究極の実用書の編集部だと思えばいいのでは…と、その講師の評価が有り難かった。

その後は自閉症には全くの素人であるが、佐々木先生のように、飛び抜けた人物で実績のある方たちを編集者としての自分のカンと感動によって見いだし、そのノウハウやお考えを自閉症のご本人や教師、親向けに雑誌や本にして世に送り出してきた。

今年の正月改めて、77歳の佐々木先生は言われた。「自閉症の人は理解者に恵まれて初めて、優れた能力を発揮し、安定した適応をすることができる。治療的に、教育的に、治すような対応は避ける。治せないし、後遺症的な禍根を残す。優れている特性を伸ばすように教育や支援をしてください」と。

 

2.自閉症そして編集者としての出会い②
                          
23平成2571日発行  

「困り感」ということばをご存じですか。
例えばあるお母さんに学校から電話がかかり、担任の先生が今日お宅のお子さんがこういうことをして、大変に困りました。その他にこんなこともあり困りましたと…。

私が障害児教育の編集を始めた頃の教育界や出版物にも「困った子どもの指導、困った親への対応」などということばや観点のものが沢山あった。そんな中、原稿整理をしていた私はこんな文章を読み、感動した。

「困っているのは教師ではない。困っているのは、困っていることをうまく訴えられない発達障害のある子どもたちだ。」これは岡山大学の佐藤暁先生の原稿だった。教育の立場からお書きになったこの内容に感じるものがあった。

例えば、自閉症の子どもは自分の「困り感」を伝えられない時に、行動上の問題を示してでも、何とかしたいのではないか、ということに納得がいった。理解されずに誤解されやすい彼らの行動、言動には「困り感」が隠されているのではないかと。そのことを教師や支援者に出版を通じて知ってもらいたいと願った。

そこで「発達障害のある子の困り感に寄り添う支援」という本を佐藤先生に書いていただくことにした。この本は大変なヒットをし、私は次巻に「自閉症児の困り感に寄り添う支援」を上梓した。

その後、「困り感」は賛同する現場の先生方に支持され、特別支援教育のキーワードとしてあっという間に全国に広まった。ある市の教育委員会の特別支援教育のテーマは「発達障害のある子の困り感に寄り添う支援」だった。

(注)困り感ということばは商標ですが、先生方の研究や現場でのご使用は学研の登録商標であるという表示をしていただければOKです。 

 

3.自閉症そして編集者としての出会い③
                          
24平成25122日発行

 

 「高機能自閉症・アスペルガー症候群」ということばは今や社会の人々に広く知られるようになった。しかし少し前、2000年ころにはそのような自閉症ははっきりと確認されていないという研究者や教育関係者も多かった。かく言う私もよく知らずに、そういう方もあるのかと漠然と思っていた程度だった。

 そんなある日、編集部に送っていただいた読者からのはがきを読んでいると、ある母親からで息子さんは学業はある程度出来て、大学も卒業し就職もしたが、会社でパートの主婦たちを責任者として担当したところ、彼女たちに総スカンを食って、あの人の下では仕事が出来ないから全員辞めると言われ行き詰まってしまったという。その後会社を辞め、アルバイトで働いているが、子どものころから他のきょうだいと違い、本で読む自閉症の典型的なこだわり行動などを示していた。しかしどこへいっても話しが出来るし、勉強もまあまあなので自閉症とは違うと言われる。親として将来を心配しているが…。という内容であった。私は知識、見識がない分、すぐに行動を起こし、電話をしてこの母親に会う約束を取り付けた。お話しを伺うとその親ごさんやご本人の困り感はまさに自閉症のかた、そのものだと感じた。

 その後、当時は静岡大学の教授だった杉山登志郎先生に相談すると、その通り、「高機能自閉症・アスペルガー症候群」で社会の中で人知れず、困難に遭って苦しんでいる方は沢山いる。その方たちへの理解と支援の特集をしましょう、と快諾して下さり、担当していた月刊雑誌、実践障害児教育の月号を一冊丸ごと「高機能自閉症・アスペルガー症候群」の理解と支援として出版した。この反響はすさまじく、後にこの特集号を核に編集された単行本、学研のヒューマンケアブックス「アスペルガー症候群と高機能自閉症の理解とサポート」杉山登志郎・編著は空前のヒットとなり最大手のネット書店の一般書のランキングで何ヶ月もトップを続けた。  

4.自閉症そして編集者としての出会い④
   「ギフテッド-天才の育て方」の出版

                          
25平成2633日発行

  1999年、満員の日本発達障害学会で、著名な高機能自閉症者で動物学者でもあるテンプル・グランディン氏は語り始めた。アインシュタインの写真を掲げながら、天才って異常ということ!と。続いてビル・ゲイツに触れ、自分とゲイツ氏との共通点を一覧で示し、彼はアスペルガー症候群だと。今でこそ、このような特異な才能のある人たちには自閉症の方たちと共通の特徴があることが知られているが当時は専門家にとっても衝撃的な事実であった。わが国では特別支援教育というと知的障害を中心としているが先進国では知的上位の子どもたちへも特別な支援教育があるという。一方わが国のそれらの子どもは通常の学校でお客さん扱いされている。このような手付かずの分野にも挑戦してみたい。そのように考え始めた杉山登志郎先生のご提案に応えて連載をしていただいた。

 私の担当していた「月刊実践障害児教育」は創刊当初より知的障害教育の先生向け雑誌であったので、前回のコラムのアスペルガー症候群を扱ったりしたことは冒険であった。まして天才児の育て方を連載することには反対があり、読者の反応も気になったが、私は杉山登志郎先生のご提案に応えたいと思った。

 彼らはギフテッドと呼ばれる。天が贈った才能という意味だ。発達障害でなく、発達凸凹である。通常より発達していないところもあるが、優れて発達しているところもあるという伸びやかな彼らの捉え方だと思った。そして視覚が優位なタイプと聴覚が優位なタイプがあり、その特徴と伸ばし方などが具体的に語られた。単行本にしたところ、読者からは変わっていても偏っていてもわが子を応援するぞという勇気を持てたなどのご意見が寄せられた。またこの本の内容は学園理事長の寺田欣司先生にも高い評価をいただき、雑誌での杉山先生との対談も実現したことはうれしい思い出である。 

 

アドバイザリーボードメンバーのメッセージに戻る    教育センターに戻る